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<無文字文化>論まとめ

宮澤賢治がゴッホを(ちょうどゴッホが「⽇本」にそれをみていたように)⼤切な発想源としていたことを、前回勉強しました。もちろん、ゴッホは宮澤賢治を知りません。しかし、⼆⼈はとてもよく似ています。⼆⼈ともども、「修羅」を⾃覚しています。 この世の、とくに貧しい⼈びとのために、役に⽴ちたいと強く願い、そこに「まこと」の道を求め、それが成就できない⾃分に修羅を観ていました。(ゴッホは「修羅」という⾔葉を知 […]

宮沢賢治「春と修羅」からゴッホ「星月夜」へ

2月19日(金)のABCは、プルーストが『失われたときを求めて』のなかでときどき使う括弧( )の意味深さを考えるところから、宮澤賢治がこの( )を独特の使いかたをしていること、そしてまた、日本語の文脈のなかで( )はどんな働きをする可能性を持っているかを思い巡らせてみたいと、『春と修羅』の「序」を読んだのでした。 3月13日は、もう少し賢治の詩と( )を追いかけてみます。 「春と修羅」という詩篇を […]

プルーストから賢治へ—喩としての括弧

2月19日(金)のABCは、《プルーストから賢治へ》と名付けました。「賢治」とは宮澤賢治のことです。 6日(土)の「プルースト」で、プルーストの文章のなかで括弧、つまり( )の使われかたがとても意味深く、そのことを考えていると、日本語の使い手では、宮澤賢治が、この括弧を絶妙に駆使していますねって話になりました。プルーストの( )付き文章を見つめながら、思わず脱線していたのですが(この「脱線」こそプ […]

プルースト『失われた時を求めて』の森へ(5)ミルク売りの少女

1月に読んだ「車窓から見る日の出」の描写と、それからすぐに続く「谷間の小さな駅のミルク売りの少女」との出会い(「出会い」と言えるかどうか、むしろ「少女を発見」と言ったほうがふさわしい)—これは、「日の出」の三倍くらい長い文章量ですが、そこを新たな気持で訳してみました。「車窓の日の出」は『失われた時を求めて』のなかでも美しい、というかイメージ豊かな文章で、ボクは以前ABCで読みました、「祖母さんが眺 […]

『失われた時を求めて』の森へ(4)夜明けの汽車の窓の日の出

プルースト(Marcel Proust 1871〜1922)の『失われた時を求めて A la recherche du temps perdu』、最初の「第一巻 スワン家の方へ Du côté de chez Swann」がグラッセ書店から刊行されたのは、1913年11月でした。自費出版でした。 ガリマール書店、ファスケル書店から出版を断られて(1912年12月)、一年後です。その後ガリマール書店 […]

『失われた時を求めて』の森へ(3)無意志的記憶とマドレーヌ

とうとうコロナに囲い込まれたまま、2020年を終えることになりました。今年最後のABCは、zoomだけで、がんばります。 このところ、プルーストを読み続けていますが、年末のABCは、「マドレーヌ」の一節をとりあげました。以前、『失われた時を求めて』の巻頭の有名な一句を読み比べましたが、あの一行、《長い時にわたって、早めに寝床(とこ)に就くことにしていた。蠟燭(ろうそく)を消すとすぐ、目は閉じ、「も […]

『失われた時を求めて』の森へ(2)「反サントブーヴ論」と翻訳。

今回のメインは、プルーストの未完の原稿「反サント・ブーヴ」論の一節をめぐって、 翻訳に不可能はない、しかし完璧な翻訳というものはない。 というテーマのもと、プルーストの伝えようとしたことから、翻訳とはなにか、そして表現するということはどういうことかを問い直し、文字・言葉による表現の構造的原理とでも名づけたい問題へと考えを巡らせていきたいと考えております。

プルースト『失われた時を求めて』の森へ(1)

11月7日(土)のABCは、14:00〜17:00波止場会館3階中会議室です。(3Cではないので、お間違えないよう。まぁ、3Cの向かいですが) 夏以来、ゴッホを勉強していて、そこからプルーストを読んでいくことになりました。<ゴッホからプルーストへ>。これは深いところで繋がっているのです。それは、絵/絵画を観るということ、それについて語ったり、考えたり、書いたりするということはどういうことか。どんな […]

「プルースト」と絵を書くこと(2)

10月23日(金)は、10月10日(土)に読んだ箇所の続きで、プルーストが画家エルスチールの作品を観ながら、その印象を記述していく、文章を読みます。 作品を観るということは、頭の中で、その「絵(イメージ)を書き、絵画(タブロー)を言葉にする」という行為を繰り返している—などというと難しげな議論になりそうですが、—読んでいくと、意外と思い当たることが、多いのではないでしょうか。 今日読むところ、ボク […]

絵(イメージ)を書く — 絵画(タブロー)を言葉にする

10月10日の<⼟曜の午後のABC>のタイトルは「絵(イメージ)を書く — 絵画(タブロー)を言葉にする」とでもしましょうか。フランスの小説家マルセル・プルースト(1871〜1922)の『失われた時を求めて』から、ある絵画作品の描写を抜粋、読んでみることにします。『失われた時を求めて』の日本語訳はたくさん出版されていますが(文庫本でも4種類!)、ここは、ボクが自分で訳してみました。 彼、プルースト […]