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「六義」をめぐって

『詩経』から生まれた「六義」という言葉とその概念は、日本の文学史芸術史の最初期から、大きな役割を果たしてきました。 いまでは死語となったように思える「六義」ですが、もういちど、列島の芸術史のなかで果たしてきたことを見直しておきたいと思います。そしてその視点から、『詩経』の諸作品を読み直していきたい。今回はその手始めです。

『詩経』から始まる芸術の旅—その2

ここ二、三回、『詩経』を読みながら、芸術とはなにかを考えようとしています。それは、儒教という政治と宗教の複合体に翻弄された詩(芸術)の姿を観察することであり、同時に詩(芸術)の初源の姿を探ることでもあります。  それは、また、人間の精神というか心/意識の初源の姿を考えることであり、そこから、現在(いま)われわれはどうあるべきかへの示唆を見つけられるのではないか、と考えています。

『詩経』から始まる芸術の旅

『詩経』という東アジア最古の詩集から、芸術の始まりの姿を見つけてみたいと思っています。 〈無文字文化〉が現代に生きている、というより、現代という〈文字文化〉がいかに〈無文字文化〉によって生かされているかを知るために、です。 そのために、『詩経』をどのように読んでいったらいいか、試行を重ねながら、詩と美術の世界を往き来しつつ、尋ねて行く旅を楽しんでいただけたら、と願っています。

「離騒」のこと

前回は、中国大陸に遺された最古の詩として、『詩経』(前8世紀〜前6世紀ころの歌謡)の巻頭の一首を始め、いくつかを読んで、そこに<無文字文化>の遺産が「詩」の根源としてあり、それが、歌謡として遺される舞い(身振り)を伴う<声>の結晶であり、そのことが「詩」を「詩」にしていることを嗅ぎ当ててみようとしました。また、『詩経』は日本列島でも早くから読まれ、万葉集巻頭のワカタケルの天皇の歌も『詩経』を踏襲し […]

詩の最古のかたちを求めて—『詩経』から

 詩(文学)と絵(美術)の最古のかたちを求めて—『詩經』から考えを始めてみたいと思います。 「美術」の始まりの姿を求めて、ラスコーの洞窟を訪ね、粥見井尻の土偶を見せてもらいに三重埋蔵文化センターを訪ね、いろいろあれこれ考える旅をつないできました。それを考える旅はまだまだ終りそうにないのですが、というのも「始まりビギニング」「始源(ソース)」「起源(オリジン)」「初源(ライズ)」「生成(ジェネシス) […]

<もどき>と<忌み>—美を生かすもの

今日は<もどき>と<忌み>をキイワードに、<無文字文化>の問題を考えたいと思います。 <無文字文化>の時代の長いながい沈黙に近い時の蓄積を前に感動することは、<声>のはかなさに深い思いを馳せることにほかなりません。 声は消えて行くが、形は消えない。昔の人は鋭敏に心得ていて生きていきました。 その様子を、まず、粥見井尻の土偶と同時期の草創期土偶とを見比べながら考えたいと思います。

司馬遷『史記』に刻まれた老子 世界観と思想の大きさは反比例する?

六月二十五日(金)のABCは、《司馬遷『史記』に刻まれた老子》というテーマを掲げましたが、副題として、―世界観と思想の大きさは反比例する?―というフレーズを付けてみることにしました。 司馬遷を読んでいると、中国古代のドラマを楽しみ、また、中国古代文化の知識を得られるだけでなく、文体の奥深いところで蠢いている〈なにか〉を感じます。武田泰淳もそれに衝き動かされて、名著『司馬遷―史記の世界』を書いたので […]

老子は天地の起源を人生の指針とした

『老子』が他の中国の古典と決定的にちがうところは、老子はいっさいの固有名詞を登場させなかったことだ、というのはこれまでなんども言ってきたのですが、そのために、その語句の一つ一つは抽象度を帯びて、そのメッセージは多義的です。老子は、メッセージを多義的にして、誰もが、さまざまな問題がつねに自分の問題として、あるいは、自分の問題を他者の問題として考えることの出来る思考の装置を作ったのでした。第一章の冒頭 […]

岡倉覚三のアジア史構想を覗く

今回は、岡倉覚三が『日本の覚醒』という著書の巻末に、見開きで付けた「年表」を読みます。 岡倉は、ここで「アジア」が本来、昔から、いかに表立たないところで、結びつき合い、それぞれの文化を養い育てようとしていたか、それは「同盟」というような軍事的政治的結びつきではなく、「人類愛」というべき人間的な衝動によって繋がっていたことが見える、弱い繋がりであった。それを、物欲と自己所有欲の強いモンゴル族や近代ヨ […]