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「離騒」のこと

前回は、中国大陸に遺された最古の詩として、『詩経』(前8世紀〜前6世紀ころの歌謡)の巻頭の一首を始め、いくつかを読んで、そこに<無文字文化>の遺産が「詩」の根源としてあり、それが、歌謡として遺される舞い(身振り)を伴う<声>の結晶であり、そのことが「詩」を「詩」にしていることを嗅ぎ当ててみようとしました。また、『詩経』は日本列島でも早くから読まれ、万葉集巻頭のワカタケルの天皇の歌も『詩経』を踏襲し […]

詩の最古のかたちを求めて—『詩経』から

 詩(文学)と絵(美術)の最古のかたちを求めて—『詩經』から考えを始めてみたいと思います。 「美術」の始まりの姿を求めて、ラスコーの洞窟を訪ね、粥見井尻の土偶を見せてもらいに三重埋蔵文化センターを訪ね、いろいろあれこれ考える旅をつないできました。それを考える旅はまだまだ終りそうにないのですが、というのも「始まりビギニング」「始源(ソース)」「起源(オリジン)」「初源(ライズ)」「生成(ジェネシス) […]

<もどき>と<忌み>—美を生かすもの

今日は<もどき>と<忌み>をキイワードに、<無文字文化>の問題を考えたいと思います。 <無文字文化>の時代の長いながい沈黙に近い時の蓄積を前に感動することは、<声>のはかなさに深い思いを馳せることにほかなりません。 声は消えて行くが、形は消えない。昔の人は鋭敏に心得ていて生きていきました。 その様子を、まず、粥見井尻の土偶と同時期の草創期土偶とを見比べながら考えたいと思います。

司馬遷『史記』に刻まれた老子 世界観と思想の大きさは反比例する?

六月二十五日(金)のABCは、《司馬遷『史記』に刻まれた老子》というテーマを掲げましたが、副題として、―世界観と思想の大きさは反比例する?―というフレーズを付けてみることにしました。 司馬遷を読んでいると、中国古代のドラマを楽しみ、また、中国古代文化の知識を得られるだけでなく、文体の奥深いところで蠢いている〈なにか〉を感じます。武田泰淳もそれに衝き動かされて、名著『司馬遷―史記の世界』を書いたので […]

老子は天地の起源を人生の指針とした

『老子』が他の中国の古典と決定的にちがうところは、老子はいっさいの固有名詞を登場させなかったことだ、というのはこれまでなんども言ってきたのですが、そのために、その語句の一つ一つは抽象度を帯びて、そのメッセージは多義的です。老子は、メッセージを多義的にして、誰もが、さまざまな問題がつねに自分の問題として、あるいは、自分の問題を他者の問題として考えることの出来る思考の装置を作ったのでした。第一章の冒頭 […]

岡倉覚三のアジア史構想を覗く

今回は、岡倉覚三が『日本の覚醒』という著書の巻末に、見開きで付けた「年表」を読みます。 岡倉は、ここで「アジア」が本来、昔から、いかに表立たないところで、結びつき合い、それぞれの文化を養い育てようとしていたか、それは「同盟」というような軍事的政治的結びつきではなく、「人類愛」というべき人間的な衝動によって繋がっていたことが見える、弱い繋がりであった。それを、物欲と自己所有欲の強いモンゴル族や近代ヨ […]

老子と無文字文化

3月26日(金)のABCで、日本の<無文字文化>のことを整理しておきました。 この<無文字文化>は決して過去の過ぎ去った遠い時代のお話=歴史ではなく、現代の爛熟した<文字文化>時代にあっても、大きな働きをしていることを、予感として確認出来たと思います。 今日5月15日(土)は、その問題を踏まえて、もう少し先へ進んで行きたいと思います。 問題の一つは、『老子』が書かれたころの中国の<無文字文化>はど […]

岡倉覚三のアジア愛  あるいは、なぜ岡倉はAsia is one.をその後言わなくなったのか

なにかの出来事を「歴史」のひとこまとして語ろうとするとき、それを実証するために、その出来事を目撃した人、経験した人の証言を引用する。当の本人はなにも言っていなくても、その出来事、それに関わった人物の身近にいた人の証言は身近な存在であったというだけで信用度が高くなる。それが、その出来事から遥かのち、何十年も経ってからの回想であっても、その証言者が身近な人だったという理由だけで、信用され引用され、「事 […]

「⽼⼦」再⼊⾨

2021年4 ⽉10 ⽇の<⼟曜の午後のABC>は、 「⽼⼦」再⼊⾨ と名付けましょうか。またまた『⽼⼦』に戻ります。 「⼊⾨」というのは、ボクを含めてみんなで⼊⾨し直すという意味を含んでいます。 「⽼⼦」は、──もっともこの場合「⽼荘」思想はと⾔うべきで、2000年にわたって「⽼⼦」と「荘⼦」はいっしょくたにされ、読まれて来ましたから。──その「⽼荘」思想が、中国⼤陸の知識⼈、とくに詩⼈画家たち […]