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P プルースト

『失われた時を求めて』 A la recherche du temps perdu 〈1〉スワン家のほうへ (1913)    1.コンブレー    2.スワンの恋    3.土地の名、—名 〈2〉花咲く乙女たちのかげに (1919)    1.スワン夫人をめぐって    2.土地の名、—土地 〈3〉ゲルマントのほう (1920ー21)    ゲルマントのほう 1    ゲルマントのほう 2 〈4 […]

O 岡倉覚三

1 去年の3月にミネルヴァ書房から『岡倉天心』を出しましたが、誤植がたくさんあって、読んでいけば当然読者に修正してもらえるものから、そうはいかない年記のミスなど、そのほか、出版社の方からこれは内容とは無関係な問題なのだけど、小見出しの下の本文が一行なのを二行にしてくれって、つまり、これは書き換えるしかないという作業もやって再版が出ました。で、再版は増補版に近い変わり方をしていて、今後はこの再版を定 […]

N 中井正一

1 中井正一については、ボクは二年前に平凡社ライブラリーから『増補 中井正一』を出しています。これは、1995年(もう10年も前になるんですネ)リブロポートから「民間日本学者」というシリーズの42冊目として書き、出してもらった本を増補・加筆したのです。これを読んでいただくのが、ボクが中井正一(ナカイショウイチ)(註)について考えていることを知ってもらうのにいちばんまとまっていると思うので、それと重 […]

L ラスコー

1 ラスコーはフランスの南西部ドルドーニュ地方、昔はベリゴールと呼ばれていた、ヴェゼール河沿いにあります。一帯、石器時代の洞窟があちこちにあるところで、ボクがラスコーを訪ねたのはもう20年も前ですが、自動車を降りて洞窟地帯を歩いてその間にもいくつか覗いてみたいと思うような洞窟があって(標示が立ててありました)、ラスコーに辿り着きます。 ラスコー洞窟は、1940年に発見され(註1)当時はもちろん誰で […]

K 土田杏村

1 土田杏村は1891(明治24)年1月15日、佐渡に生まれました。本名は茂(ツトム)、お兄さんは金二といってのちに土田麦僊として知られる画家になります。 二人とも京都へ出て行き、仲の良い兄弟だったようです(杏村は、いずれ兄が同士たちと創立する国画創作協会の設立宣言書を執筆します)。 杏村は新潟県の師範学校を卒業したあと東京へ出て(東京)高等師範学校(註1)に入学しその頃田中王堂を知り、彼の勧めで […]

J Jesus

1 Jは jesus(ジーザス)イエスをテーマにしました。 「イエス」といえば「キリスト」、とつながりますが、今回のテーマはこの二つの名前のずれを考えたいというところにあります。この春に、春秋社から笠原芳光さんと佐藤研さんが司会を勤められて、聖書学の部は荒井献さん、思想の部は吉本隆明さん、文学が岡井隆さん、そして芸術のうち音楽が礒山雅さんで、美術にボクが参加して討議をした記録が『イエスとはなにか』 […]

I 北一輝

1 「生きる」ということは「断念」の積み重ねなんだ、ということを、しみじみと感じさせてくれるのが、北一輝だと思います。その積み重ねられていく「断念」を包むように、彼の人生、彼の生きかたが「表現」の問題として焙り出されてくるのです。彼の、われわれが知りうる情報をもとに生涯を辿っていくと、四つの「断念」の契機=時期が見えてきます。 まず、佐渡です。佐渡に生まれ[明治36年(1883)]、8歳のとき、眼 […]

H 埴師−土師

1 今日のタイトルは〈埴師(はにし)〉です。〈埴師〉というタイトルで、焼物—日本列島における焼物の歴史のことを考えようと思います。〈埴師〉は、〈埴師〉と書くより〈土師(はじ)〉と書くほうが一般的です。〈土〉と〈師〉と書いて「ハニシ」と読むんですね。『倭名類聚抄』という平安時代に編集されて、日本で最も古い辞書には、「土師」で「はにし」「はし」などと表記されています。 〈埴〉は〈埴輪〉の〈ハニ〉です。 […]

G ジャコメッティ

1 ジャコメッティをサルトルの批評から読み直してみたい。というのが今日の目標です。 なぜサルトルかというと、サルトルの二つのジャコメッティ論は、批評の見本のようなエッセイなのだということが第一の理由。その後、いくつもジャコメッティ論が書かれてきましたが、日本人の手によって書かれたものもありますが、このサルトルの二篇を超えるものはないのです。批評というのはボクの考えでは次のことをやっていなければいけ […]

F ミシェル・フーコー

1 ボクがミシェル・フーコーを知ったのは、1960年代の終り頃、全共闘運動の火がつく直前です。 大学院の哲学科美学専攻生として博士課程に在籍していたとき、ぼくはヘーゲルの美学を修士論文のテーマに選び[当時刊行されていたヘーゲルの美学のテキストは、正確には「美学講義録」で、それも晩年の聴講生のノートからまとめたものでした。つまり、ヘーゲル自身の手によって書かれたものではない。手稿は序文がちょっと遺っ […]