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J Jesus

1 Jは jesus(ジーザス)イエスをテーマにしました。 「イエス」といえば「キリスト」、とつながりますが、今回のテーマはこの二つの名前のずれを考えたいというところにあります。この春に、春秋社から笠原芳光さんと佐藤研さんが司会を勤められて、聖書学の部は荒井献さん、思想の部は吉本隆明さん、文学が岡井隆さん、そして芸術のうち音楽が礒山雅さんで、美術にボクが参加して討議をした記録が『イエスとはなにか』 […]

I 北一輝

1 「生きる」ということは「断念」の積み重ねなんだ、ということを、しみじみと感じさせてくれるのが、北一輝だと思います。その積み重ねられていく「断念」を包むように、彼の人生、彼の生きかたが「表現」の問題として焙り出されてくるのです。彼の、われわれが知りうる情報をもとに生涯を辿っていくと、四つの「断念」の契機=時期が見えてきます。 まず、佐渡です。佐渡に生まれ[明治36年(1883)]、8歳のとき、眼 […]

H 埴師−土師

1 今日のタイトルは〈埴師(はにし)〉です。〈埴師〉というタイトルで、焼物—日本列島における焼物の歴史のことを考えようと思います。〈埴師〉は、〈埴師〉と書くより〈土師(はじ)〉と書くほうが一般的です。〈土〉と〈師〉と書いて「ハニシ」と読むんですね。『倭名類聚抄』という平安時代に編集されて、日本で最も古い辞書には、「土師」で「はにし」「はし」などと表記されています。 〈埴〉は〈埴輪〉の〈ハニ〉です。 […]

G ジャコメッティ

1 ジャコメッティをサルトルの批評から読み直してみたい。というのが今日の目標です。 なぜサルトルかというと、サルトルの二つのジャコメッティ論は、批評の見本のようなエッセイなのだということが第一の理由。その後、いくつもジャコメッティ論が書かれてきましたが、日本人の手によって書かれたものもありますが、このサルトルの二篇を超えるものはないのです。批評というのはボクの考えでは次のことをやっていなければいけ […]

F ミシェル・フーコー

1 ボクがミシェル・フーコーを知ったのは、1960年代の終り頃、全共闘運動の火がつく直前です。 大学院の哲学科美学専攻生として博士課程に在籍していたとき、ぼくはヘーゲルの美学を修士論文のテーマに選び[当時刊行されていたヘーゲルの美学のテキストは、正確には「美学講義録」で、それも晩年の聴講生のノートからまとめたものでした。つまり、ヘーゲル自身の手によって書かれたものではない。手稿は序文がちょっと遺っ […]

E エロシェンコ

1 エロシェンコというと、東京国立近代美術館にある中村彝の肖像画を思い浮べる人は多いことと思います。だけど彼の作品を読んだ人は?となると現在はほんとうに少ないのじゃないでしょうか。 1959年にみすず書房から全三巻の全集が出て(註1)、その後作品集も出ましたが、それっきり、どこの文庫にも入っていません。偕成社の子供向けのペーパーバックシリーズに『エロシェンコ童話集』が入っていて、これは、現在でも「 […]

D 大乗寺

こんかいは、「要旨」にしづらい。というのも、大乗寺についてはボクはおりに触れて書いていて、大乗寺について語らねばならないことの半分以上はすでに印刷されているからです。で、9日も、それをプリントして配りましたから、そこんところはどうかそれを読んで下さい。 別のところに公表したものをあとでまとめて一冊にするのをボクはあまり好まない。どうしても入手できないものならともかく、この情報社会そんなことはまずあ […]

C 屈原

〈草木を覧察することすらそれいまだ得ずに、あに「王呈」の美にこれよく当らんや〉 覧察草木其猶未得兮 豈「王呈」美之能當 (「王呈」と打ち込みましたがこの字は「程」の「禾」(のぎへん)の代りに玉偏にするとできる文字で「テイ」と読みます。残念ながら手書き文字入力を使ってもこの字はでてきませんので、苦肉の策でこんな打ち込みをしておきました。すみませんが、ご了察下さい。) 1 屈原は、楚の宣王27年、西暦 […]

B 与謝蕪村

1 蕪村が亡くなったのは、天明3年(1783)で、それから江戸時代はまだ85年続き、そのあいだ「蕪村」という存在は、どちらかといえば、そんなに大きいものではなかったようです。 近代の短歌や俳句の革新運動のさなか、新しい俳句をもとめて昔の句集を読んでいた正岡子規が、なかなか面白い句をつくるのがいるが、みると「蕪村」と名乗っている、蕪村の句集を探そうといいだしたのが、蕪村再評価・再発見のはじまりといっ […]

A アルベルティ

「人間萬事塞翁馬」(『淮南子』)は、古代中国・戦国時代(紀元前3世紀)の本に出てくる言葉ですが、現代のわれわれは、これを「ニンゲン バンジ サイオウガウマ」と読んでしまいます。やはりこれは、「ジンカン バンジ…」と読まないといけないのですが、明治の中頃から「人間」という漢字を「にんげん」と読むようになっていきました。 「ジンカン」から「にんげん」へという過程のなかに、「近代」の問題が潜んでいます。 […]