前回は、中国大陸に遺された最古の詩として、『詩経』(前8世紀〜前6世紀ころの歌謡)の巻頭の一首を始め、いくつかを読んで、そこに<無文字文化>の遺産が「詩」の根源としてあり、それが、歌謡として遺される舞い(身振り)を伴う<声>の結晶であり、そのことが「詩」を「詩」にしていることを嗅ぎ当ててみようとしました。また、『詩経』は日本列島でも早くから読まれ、万葉集巻頭のワカタケルの天皇の歌も『詩経』を踏襲して作られていることを確かめました。こういう作業が、文字表現だけでなく、絵画やほかの造形の営みと深く絡んでいることを見ていくためにも、もっと『詩経』を読み続けて行きたいのですが、こんかい9月17日は、その前に、中国の芸術思想史を考える上で不可欠な(同時に『老子』理解のためにも重要な前提となる)『楚辞』のことをちょっと勉強しておこうと思います。