去年の柿

去年(2007年)は忙しさにかまけて怠けてしまったが、ことしは(相も変わらず忙しかったが、なんとか隙間をつくって)、ベランダで干柿を作った。友人から百目柿を送ってもらって、皮を剥き、風に晒す。2〜3週間すると、表面が固まり、中にはトロッとした「ころ柿」がいただける(そんな舌ざわりと歯ごたえのチーズがフランスにあった、ペライユである)。ことしの出来具合は満足すべきものだった(去年の空白の反動が少しあるかもしれない)。

それにしても、ちかごろ、デパートの野菜売り場やスーパー(もはや「八百屋」と書けないのがさびしい)で売られている柿は問題が多い。 「種なし」と銘打った柿ばかり売っているのである。「種なし」は「柿」ではない。種のある柿と種なしとでは、旨みも甘みも歴然とちがう。種の周囲にも独特のゼリー状の風味があって、風味自体にヴァラエティがある。種なしは甘さも呆けて、均一な風味である。
ところが、なにを勘違いしているのか、ちかごろの柿の生産者は「種なし」ばかり作って出荷し、店頭にも「種なし」ばかり並ぶ。いまや、柿の生産者は柿の味が分からなくなったのだろうか。販売する方もそうである。「種のある柿が欲しい」というと、ちょっとけげんな表情をする。そして、これは種があるといって買わされたやつが、やっぱり種なしなのである。販売担当者が種なしと種ありの区別が出来なくなっているのが現状である。

以前住んでいた京都の家の庭に柿の木があって、そこで採れる柿は、不揃いだが、身にごまが入り、齧ると甘みがじわっと歯に伝わる。そんな柿が、21世紀の人びとの前から消えつつある。なんとかしなくちゃいけないと思う。

2008.12.3