ドーナッツに穴があるのは誰でも承知していることですが、あの空白はどんな味がするのだろうと考えた人もいらっしゃると思います。
そのことをお考えになった人に敬意を表しつつ、ボクもボクなりの《ドーナッツの穴》議論を(談義くらいにしておけばいいふしのかもしれませんが)ちょっと展開してみようかと思います。
ボクは、生まれは太平洋戦争開戦以前の1939年で、戦争に破れたときは満六歳になったばかりのガキンチョでした。不思議と兵隊さんをかっこいいと思ったことがありません。天皇のラヂオ放送も断片的に記憶していますが、それよりも敗戦直前に亡くなった父の死と戦後の食糧難の日々の暮らしの断片的な記憶が、いまもときどき蘇って来ます。
その一つがドーナッツの思い出です。
一家の稼ぎ手を亡くした母親は、ミシンを踏んで内職をし、小さな庭に畑を作って、南瓜や大根、胡瓜なぞを二人の子ども(五歳上の姉とボク)のために育てていました。米や砂糖は配給の時代で、ある日砂糖(精製されていない黄色いザラ目の砂糖)の配給があった日、母がカルメラ焼を作ってくれたのは感激的なおやつでした(このカルメラ焼きもじつは穴が空いています)。それから、小麦の配給があったとき作ってくれたのがドーナッツで、これはカルメラ焼き以上に感激でした。砂糖の美味しさは小麦やチョコレートといった素材と混ぜ合わしたとき最大限に旨さを発揮するようです。こんなに甘い美味しいお菓子ははじめて食べたと思いました。と同時に、真ん中はどうして穴が空いているのか、ここはどんな味がするのか、と考えながら母手作りの熱々のドーナッツを味わったことを忘れません。いくつになってもその記憶は鮮明で、ミスタードーナッツの前を通っても、ふとドーナッツの穴の味を考えたことを思い出します。
そしてあるとき、ドーナッツの穴の謎は、芸術論の重要テーマだと気がついたのでした。
ドーナッツの穴の味はどうやったら味わえるのかという問題は、ある作品(une pièce)が一つの芸術(un ouvrage d‘art)となる秘密を考えるのに似ていないか、ということです。
その後、こう言う議論をしている人に出会えなくて、忘れかけていたのですが、この年末范寛を観、ロスコの芸術論を再読したところで、眠ったままだった「ドーナッツの穴」のテーマが甦って来たのです。
というわけで、「ドーナッツの穴の食べ方」という議論は、「范寛からロスコへ、ロスコから范寛へ」の続編なのであります。
今回は、RothkoのThe Artist’s Reality—Philosophy of Art の最終章、 Indigenous Art からいくつかを抜き出してそれを材料に考えを巡らせたいと思っております。