『古事記』とその雲の影

2023年最後のABCのタイトルは、「『古事記』とその雲の影」です。

『古事記』を読みながら、その一節から近代の詩人や思想家の詩文を連想して、というより釣り上げて、そこに響き合うメッセージを確かめるということを、これまで二回試みてきました。三回目は幸田露伴です。今回の「雲の影」というのは、じつは彼の小さいエッセイのタイトルなのです。

露伴がそこで「雲の影」を絶妙な比喩として使って、時代思潮の運命を語っていまして、

それを『古事記』のこれまでの読まれかたの運命と重ねてみたいと考えついた次第です。

『古事記』はこれまでずうっと、日本民族の始祖、天皇制の系譜を神話風に語り書き止めた書として読まれてきました。ボクはそうして語り継がれたものがはからずも、列島における(じつは日本列島に限らない、人類に共通する普遍性を持って)美と芸術の誕生のさまを伝えていることを読み出そうとしてきたのでした。そうすることによって、美への欲望が人間にとって最も根源的な欲望であることを納得しようとしています。これを納得すると、ちょっと晴れ間の広場に出た気持になれます。

そうなんです、『古事記』を日本天皇の系譜と呼んでいく限り、われわれは、一つの限られた雲の影に居続けているのではないか。

幸田露伴の「雲の影」という小さなエッセイの冒頭をまず読んでみましょう。