笈田ヨシ「蝶々夫人」観劇ノート

笈田ヨシさん演出の「蝶々夫人」を昨日、池袋の東京芸術劇場で観ました。

素晴らしい「蝶々夫人」でした。

これまで、おそらく世界中で何百回何千回と演じられてきた「蝶々夫人」のなかで(それをもちろん全部ボクは観たわけではありませんが)この笈田ヨシ演出「蝶々夫人」は、それらの頂点に立つ作品になるだろうというのが、観終わった後の強い感想です。

これまでの「蝶々夫人」は、なんと言っても、20世紀初頭のヨーロッパ人の異国趣味(ジャポニズム)を主題と材料にした歌劇として、受け取られ演じられてきました。逆にいうと、「ヨーロッパ近代のエキゾチシズム」を上演するという枠組=足枷から脱け切れることはなく、その代表的作品としてこそ意義があると考えられてきたのが「蝶々夫人」でした。

しかし、笈田ヨシの「蝶々夫人」は、そんな「異国趣味」の足場を完璧に取り払って、テーマを、西洋文化を憧れ尊敬し続ける「日本人」の感性と思想のあり方を問う-ーいいかえれば、「近代現代日本」の思想と感性の根源的な問題を問う作品に、鮮やかに仕上げていたのです。

アメリカの海軍士官と結婚しようとしキリスト教に改宗までした、没落貴族の娘・芸者蝶々さんを支え励ましているのは、封建社会と貧困に呪縛された「日本」を豊かな自由社会へ解放させる夢である。その夢が、ピンカートンとの結婚で実現すると信じ続け、アメリカへ帰ったピンカートンを待ち続ける。この蝶々さんの心性は、現代でもなお生き続けている「日本人」のアメリカ(欧米)文明崇拝を映し出しています。この圧倒的な文化的優位性を笠に着て蝶々さんと結婚ごっこをするピンカートンは、やはり、現在も生き続けている、アメリカ、ヨーロッパの日本や東アジアに対する心性の奥底に滞留している傾向の代表者です。

「笈田版蝶々夫人」は、まずこの奥深い「近代」の問題へ、われわれを連れて行くのです(一幕から二幕へ)。二幕三場で、「笈田版蝶々夫人」は、ピンカートンがアメリカへ帰って結婚したピンカートン夫人と問答する場面を(初演以降プッチーニが削除していた情景)を復活させ(その意味では「笈田版蝶々夫人」は「原蝶々夫人」の再演です)、蝶々夫人の絶望を多義的な問答のなかへ投げ込んで幕を降ろします。つまり、ピンカートンに捨てられ、一粒種をピンカートン夫妻に取られて絶望のあまり、家宝の匕首で「腹切り」をするという伝統的な「蝶々夫人の最後」ではなく、息子を夫妻に渡すしか選択肢のなくなった蝶々夫人は、自死するしかなかったのか(アメリカに代表される欧米文化に自国の文化と自分自身の解放を夢見ていたことの虚偽に気づいたとき、どう自分を処置するか、自殺という清算方法しかないのかーー伝統的な「蝶々夫人」解釈は、それしかないとし、その未解決性は単に蝶々夫人の特殊な個人的な悲劇、あるいは幕末明治の時代の特殊な対外関係下にある「日本」の時代情況のもとでの物語として楽しませるように上演されてきました)。「笈田版蝶々夫人」は舞台設定を昭和初期に仮構し、蝶々夫人の生きかたをそういう特殊な物語に収束させない「近代」と「現代」の普遍的な問題へ投げ返そうとしているのです。

「笈田版蝶々夫人」の結末は、蝶々夫人が匕首を掌に握りしめたところで幕を降ろします。

彼女は、自死を選んだのか、それとも......、この劇自体は答を出していません。答は、このオペラを観終わった一人ひとりの胸のなかで探し続けるしかない。

その一人ひとりのわれわれは、蝶々夫人が選んだ(かも知れない)もう一つの生きかたーー「生き残ること」の末裔です。そして、蝶々さんが夢見て果たせなかった、「アメリカ」「西洋」文化がもたらした社会を享受しています。考えかたや言葉遣い、食べ物、住まいの仕方、衣服なども、すっかり「アメリカ」「ヨーロッパ」のスタイルです。こんなに欧米スタイルを身につけたのに、「自由」だけは獲得できていません。蝶々夫人のほんとうの悲劇は、彼女が立ち竦んだ地点へ、どうやって戻ればいいのか、もう戻れないとしたらどうしたらいいのかという問いへ、否応なく連れて行かれるところにあるのかもしれません。観る者も、演じる者も、一瞬、問いの只中に立ち竦むとき、パッと舞台は終りを暗示します。終りは始まりだ。

この終りかたが、「笈田版蝶々夫人」の新しさと魅力を象徴しています。

魅力という点では、「オペラ」とはいえ、出演する歌手が、みなさん「歌手」だからねと許されてきた下手な演技者ではなかったところにもあります。眼を楽しませる演技と工夫されたミニマムな舞台装置、歌わない人(ダンサーたち)による舞台作り、ときめ細かい演出も強調しておかなければなりません。

もちろん、歌い手さんたちの歌唱力も、とてもよかったし、オーケストラも合唱団も、文句なしの演奏を聴かせてくれていました。

プッチーニの優雅なメロディーを存分に歌わせて、しかし、冗漫にならないテンポの速さで、劇全体を包み引き締め、笈田版「蝶々夫人」は、この作品を旧来の「歌劇」ではなく、新しい「悲劇」に仕立て上げていたのです。

(「笈田版蝶々夫人」の日本公演は昨日が最後だったのですが、ボクがもっと早く観ることができて、この感想をもっと早くに多くの人に伝えられて、少しでも多くの人に観てもらえれば良かったのにと、それがほんとうに残念です。)

2017.2.20