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essay

旧暦と新暦

昨日受け取ったDMの日付に「2010年水無月」とあった。旧暦では、まだ、「皐月(さつき)」である。「水無月」は7月12日まで待たないと来ないのだが、西暦での6月を「水無月」といいかえるとなにか格好よくみえるというのだろうか。こういう態度は、旧暦が持っていた深い歴史とその意味を、むしろ軽卒に掻き消している。6月を水無月と書き換えることは、新漢字を旧漢字に置き換えるのとは違う、歴史認識が必要なのだ。い […]

マネをみた帰り道

「人工」と「自然」という区別をなにげなく使っているが、この区別ほどいいかげんなものはない。「自然」だと思っているものも、そのほとんどは「人工」によって作られているものだ。色、味、匂い……すべてそうだ。 いま、大切なのは、「自然」を取り戻すことではなく、「人工」的なものの色や、味や、匂いをようく見分け、嗅ぎ別ける能力を研ぎすますことではないか。 ──マネの絵を三菱一号館でみながら、そんなことを考えた […]

桜は散って行った

桜は祭りと似ている。 莟がふくらみ咲き始めるまでの日々─祭りの前夜。 満開の花の輝きは祭りの日の高揚。 そして、次の日にはいっせいに花びらを散らせて 祭りの昂ぶりの余韻を引いていく。 今年は、その短い祝祭の日々のあいだに寒気が襲って来て、 花びらは透明な眩しさを曇らせていたのが気になった。 2010.4.19

「抗菌」のいかがわしさ

 文房具にまで「抗菌」とか「除菌」とか記してあるのをみつけて、吃驚した。 そんなに無菌状態になってどうするんだ。「抗菌」だったら清潔で健康な生活が保証できるというのは、人間の身勝手な欲望である。いつも、雑菌となかよく上手につきあっていくことこそ必要だし、それがいちばん「人間的」な生きかただと思うのだが…… 2010.3.10

スイートピーの花束を卓上に

二年間続けた横浜美術館塾を終えた日、みなさんからスイートピーの花束をもらった〔先日、例によって集まりのあとみんなでお茶をのんでいるとき、お好きな花はなんですかと尋かれたのは、そんな企みだったのか〕。 花束をガラス壷に投げ入れて食卓のまんなかに置いただけなのに、白や薄紫や黄色い花が、やわらかい光〔とほのかな匂い〕を部屋に漂わせはじめた。 日頃は、絵を前にして理屈っぽいことばかり考えているが、こんな花 […]

とてもとても寒い日には……

一気に寒い日がやってきた。 こんな日には、バッハのヴァイオリン・ソナタが無性に聴きたくなる。熱い紅茶(やっぱりダージリン)に、蜂蜜をたっぷり入れて、すすりながら。 ソナタNo.1のはじまりの、切ない、啜り泣くようなヴァイオリンの調べに、おだやかなチェンバロの伴奏が居ずまいをただして付き添ってくれれば、この世の寒さを抱きしめながら、そっと生きていこうと、囁いてくれるような気がするではありませんか。 […]

天瓜粉

近ごろは、赤ちゃんにシッカロールやベビーパウダーを使ってはいけないと、医者は指導しているそうだ。無理もない、これらは、亜鉛華や滑石(タルク)に香料〔それがどんな成分か、表示義務はない〕を加えたものである。 昔は「てんかふん」といった。汗っぽい日など身体中にこれを塗ってしあわせな気持ちになったものだ。「天瓜粉」と書く。黄烏瓜(きからすうり)の根の澱粉(でんぷん)だ。〔アメリカではコーンスターチで作っ […]

スプーンの季節

なんだか不順な日の繰返しだった夏が過ぎ、スープのなつかしい季節になった。 スープといえば、スプーンが不可欠で、スプーンでスープをいただくのは「飲む」というのだろうか、「食べる」というのだろうか。 若い頃『斜陽』を読んで、それ以来、もっとも格好よい「スウプ」のいただきかたは、あのかず子のお母さまのいただきかたと納得し、それを会得しようとしてきた。いまだにこれは身につかないないが、ボクの理想のスタイル […]

大里君が亡くなった……

2009年11月16日未明、この一年の闘病の果ての悲しい報せだった。病状の厳しいことは早くに教えられていたけれど、こうして彼の死の報せに直面するのはつらい。 もっと生きていてほしかった。 大里君とは、ボクは、横浜国立大学へ就職してから、メディア研究講座という研究室に所属するなかで、最も気のおけない若い同僚仲間の一人だった。メディア研究講座は、大学のなかでも、とくに時代と社会、制度に対する若々しい批 […]

時とともに巡るもの  ──池内晶子の新作に寄せて

まんなかがぽっかり空いた輪になっていて、その輪から無数の糸が伸び拡がり、全周囲に張り巡らされて網目を作っている。その一本一本に、小さな結び目が、これも無数に結ばれている。四本の、やや太い糸が四つの方向にピンと引っ張られ、壁に繋がっている。作品を支えているのは、この四本の糸だけである。いいかえれば、この四本の糸が作品を部屋の中央に浮き立たせている。中心の円い輪から伸びる無数の糸の結び目からは、細い糸 […]