CATEGORY

essay

美は変容する

古くから伝わる作品を国宝や重要文化財に指定しようというのは(そのさいなぜランク付けするのか大きな問題だが)、自然災害のほかに、美に対する無知な暴力から護りたいという考えもあったにちがいない。 しかし、国宝に指定された作品は、権威に規制されたまなざしでその作品を鑑賞すればいいという安心感を与えてしまう。作品が変質するのを病的に怖れるのも、変容する美を見つける眼を持てない自信のなさの現れか。 どんなに […]

原子力はまず戦争の道具として開発された。

原子力の平和利用という言葉がこの半世紀ほど大手を振って使われているが、「平和」のために使うということは、その反義語の「戦争」が対になっていたということだ。 原子力はまず兵器として開発された。究極の破壊兵器の可能性をつねに一方の極に隠しているから、「平和利用」という言いかたが選ばれている。 それが戦争のための準備を手伝っているという意味ではなく、「平和」に利用されているつもりが、突然「戦争」に等しい […]

不可視の光景とどう向き合うか。

3月11日の大地震と大津波が遺した瓦礫の荒野のような光景をTVなどで見て、ヒロシマやナガサキ、あるいはさきの戦争の大空襲のあとの焼野原を連想したのは、ボクだけではあるまい。 しかし、原発事故が引き起こしている光景は、そういう連想すら許さない。そこにあるのは、シーベルトとかベクレルという単位で数値化して辛うじて測定するしかない風景である。その単位は、あまりにも日常のリズムからかけはなれているし、視覚 […]

3月11日を経験して

3月11日の地震と大津波、そのあとに続く惨劇(進行中)を経験したいま、ボクたちの書き語るすべてが試されている。 原発反対の署名がまわってきたらそこに名前を書き込んで、やるべきことはやったつもりになっていなかっただろうか。原発反対運動に反対の立場の人も、原発の存在すらに無関心だった人も、日々供給される電力の総量の3分の1が原子力発電によるもので、一秒間に70トンの熱した海水を海に戻して作られた電力を […]

二月になると

二月は旧い暦では正月だ。 梅だけではない、土の色も、空の色も、春の予感を、ちょっともったいぶってみせている。 枯れたような黒い色をむきだしにしていた桜の枝が、ほのかに薄桃色を滲ませている。 季節(とき)の移りかわりの「かわり」には、どんな漢字がふさわしいだろう。 「替り」は政権交替みたいで、無粋も無粋。 「代り」というのも、入れ代えただけのようで、もの足らない。 「変り」は、化学変化をみせつけられ […]

旧暦を忘れないために

2011年1月1日は、旧暦で数えると、庚寅の霜月(十一番目の月)二十七日なのだが、1月を「睦月」「正月」と言い換え、「2月」は「如月」、「3月」には「弥生」と並列して書いているのを、よく見かける。そう置き換えて、旧い慣し(歴史)を少し学び、現代へ気を配ったつもりなのだろうが、それは、逆に、旧暦を日乾しにしている、現代人の無情な振舞いでしかない。そういうことが平然と行われているのが、気になる。 せめ […]

年の暮れに、

「時代」は、われわれを取り囲む「風景」のようなものだ。 いつも見ているはずなのに、よく見ていない現実の風景。そして、ときおり心の奥にひそんでいる記憶を目覚めさせる懐かしい「風景」。─「風景」はこの二つの層から成立っていて、われわれは、この「風景」の作る場で、生きるしかない。 それにしても、われわれは、その「風景」を日頃はとても粗末に扱い、見ている。その細部を詳しく説明描写してみろといわれてすぐ出来 […]

笑いを忘れたカナリアは……

現代人は、昔の人のように笑わなくなった。笑いかたも変ってしまった。 展覧会などに行っても、「福富草子」の前で、誰も笑っていない(ボクも笑わない)。 「鳥獣戯画」だって、まずは笑うのが目的の絵ではなかったか。「笑いの本願」で柳田國男もいっているような、昔の人の高笑いはできないにしても、昔の人はこれをみて大笑いをしていたんだということを知り直し、もう少しボクたちの暮しのなかに「笑い」を復活させたいと思 […]

コスモスを眺めながら

コスモスの花は、一本だけ手にとってみても、どこか凛々しく可憐である。それが堤などにいっぱい咲いているのをみると、思わず息を呑む。風に逆らわないように揺れる、その揺れかたは、一本一本独特な揺れかたをみせ、自立して生きるということはどういうことかを教えてくれているかのようだ。 人間はちっぽけな有限な存在だが、そうであることを知れば知るほど、無限な世界に包まれていたい、無限な存在と和解し合っていたい、と […]

二日月のこと

こどもの頃、なにかの用事で朝早く、母に連れられて家を出たことがあった。まだ、太陽が昇らない、しかしうっすらと明るさが広がりかけた濃紺の東の空に、くっきりと輝く細い月があった。「二日月よ」と母が教えてくれた。「生まれたばかりのお月さま。」 もうあれ以上にはなれない細さで、あれ以上に輝くことはほかのだれにもできないまぶしさがそこにあった。そのときから、月のなかでいちばん美しいのは二日月だという思いが住 […]